「大分熱も下がったわね。薬飲まないから2日も下がらないのよ?」
体温計をお母さんに渡すとぽんぽんと頭を撫でられた。
それから掛け布団を直しながらクスクスと笑った。
「それにしてもどうしたの?一昨日は。もう、びっくりしちゃった」
「うん、ちょっと…」
「だって、帰ってきたら
ったら玄関でびしょ濡れの制服のままチア部の部長さんと電話してるんだもの」
よっぽどいいことでもあったのね。って言ってふんわりと笑ったお母さん。
「だから風邪なんてひいたのよ」ってそのあとぽつりと言われてしまったけど。
仕事で忙しいはずなのに2日間も付きっ切りで看病してくれた。
ちょっと悪いとは思うけど、嬉しかった。
昨日も今日も部活を休んでしまったから体が鈍っていないか心配だけど。
「紅茶でも淹れてこようかしら」
お母さんがそう言って動いたと同時にインターホンが鳴った。
「あら、お客さんね」って、パタパタと駆け足で下に降りていってしまった。
わたしはまた布団にもぐって、枕をぎゅっと抱き寄せた。
お母さんに言われたせいで一昨日の事をまた思い出してしまう。
一昨日、ホースの水を浴びてびしょ濡れのまま柳先輩と帰ったあの日。
「好きだ、
」
告白された。
突然に。
わたしの家の前まで来ていつも通りそこでさようならして。
門扉を閉めて玄関に向かう途中で突然告白された。
慌てて振り返ったら門扉の向こう側に柳先輩が立ってて。
「本当はまだ言うつもりではなかったのだがな。困ったものだ…」
少し困ったような表情で先輩は笑ってた。
それからふっと優しい顔になって。
「好きだ」
って、言われて。
途端にわたしはボッと顔から体まで全身熱くなった。
夢みたいで、足が地面についていないような感覚。
好きな人に好きって言ってもらえることがこんなに嬉しいことだなんて。
ちゃんとわたしも返事しなきゃ!って、思ったとき。
ああ、ダメだって思ってしまった。
いま返事をしたらきっとダメだって。
本当はまだ言うつもりではなかったという先輩の言葉がやけに引っかかって。
きっと先輩は今はテニスのことでいっぱいで。
わたしと付き合ってる暇なんてないのはわかってるんだ。
先輩の予定がどうして狂っちゃったのかわからないけど、きっとそうだ。
だから、いまじゃないんだ。
なにも言えなかったわたしに先輩は少し切なそうに笑って「ではな」って、行ってしまった。
それから家に入って、わたしは玄関でしばらく放心していた。
ふと我に返るとすぐに携帯を取り出して部長に電話。
誰かに話さないと気が済まなかった。
でも、そのせいでわたしはいま熱と闘うことになっちゃったけど。
自業自得。
「
ーお客さんよ。お母さん、紅茶淹れてくるわね」
部屋の外からお母さんの声がした。
「部長さん久しぶりねー」
「もうー
ママってばその呼び方やめてよー」
こんな声がして、すぐに部長がお見舞いに来てくれたってわかった。
部屋のドアが開いて、部長が入ってきた。
「
大丈夫?って!あんたは!病人が肩出さないの!なんでそんな薄着なのよもうー」
心配されたと思ったらすぐ怒られた。
だって、8月だし、夏の部屋着はキャミソールとショートパンツじゃないと暑いし。
熱があると冷房そんなにガンガンかけられないし。
布団にくるまってればいいかなって。
「先にちゃんと確認しといてよかったわ…。カーディガンどこ?ちゃんと着なさい」
「…はーい」
「あ、いいよいいよ。わたしが出してあげるから」
そういってベッドから出るのを止められたのでカーディガンがしまってあるタンスを指さした。
そしたら部長はタンスを開けてカーディガンを吟味し始めた。
「部屋着なんだからなんでもいいですよ」って言っても「それじゃダメなのよ」って言われて思わず首を傾げた。
これがいいかなって選ばれたカーディガンをわたしに着せた所で部長は部屋を出て行ってしまった。
お母さんのところに行ったのかな?
とか思ってたらすぐに部屋のドアが開いて、わたしは固まった。
「熱は下がったか?
」
「ごめんねー
、柳がどうしてもお見舞いに行きたいって言うから連れて来ちゃった」
部屋に突然柳先輩が現れて、もうわたしは本当に動けなかった。
部長がごめんねってわたしに謝っているのを何故か柳先輩は納得いかないという表情で見てる。
でもそんなことを気にしている余裕はなくって。
部屋…汚くないかな?とか。
柳先輩に貰ったシュシュが明らかに他のシュシュと違うところに置いてあるどうしよう!とか。
そんなことばっかり頭の中をぐるぐるしてたけど、部屋の入口に移動した部長を見てハッと戻ってきた。
「それじゃ、わたし
ママのお手伝いしてくるーなんか、心配だし」
「え?」
「じゃっ」
部長行っちゃった…!
先輩には電話で柳先輩から告白されたの報告したから知ってる、知ってて置いて行かないでください!
部屋にぽつんと立っている柳先輩と目があって急にわたわたと慌てだすわたし。
告白されてから会うのは初めてで、落ち着かない。
嬉しいけど、恥ずかしいし。
ていうか、柳先輩お客様なんだからちゃんとおもてなししなきゃ!
「あの、あの…えっと。ソファーとか好きに座っちゃってください!」
「ああ、すまない」
とりあえず、ソファーに座って貰った。
けど…。
なんだか空気が気まずいです。
無言です。
柳先輩もしゃべってくれません。
どうしたんだろうって思ったけど、そういえばわたし柳先輩に告白されてなにも返事してなかった。
わたし一人でまい上がってた。
そうだよね、柳先輩はデータマンらしいけど、言わないとわからないよね。
この2日間ちゃんと考えた。
柳先輩になんて返事をしようかって、ちゃんと考えた。
あの時咄嗟に言えなかったことをちゃんと自分なりに頭の中で整理した。
だから、あとは言うだけ…。
なんだけど。
柳先輩に声を掛けられない。
「……赤也から聞いた。
が風邪をひくのは年に一度あるかないかくらいだ、と」
「え?」
「熱は、下がったか?」
「は、はい。明日からは部活にも行けると思います」
「…そうか。良かった」
突然の会話。
すぐに終わってしまったけど。
また無言。
でも、なんでだかさっきのような気まずさが少しだけ和らいだ。
さっきの会話でなんとなくだけど、もしかして柳先輩も緊張してるのかな?って思ったから。
「…あの」
声を、かけてみた。
すぐにわたしの方を向いて首を傾げた柳先輩がちょっとだけ可愛らしかった。
「一昨日の、返事を…」
「ああ、別に急かしたりはしない…つもりだが。出来れば早く返事が欲しいというのが本音だ」
「あ、いえ。返事はもう、決まっているんです」
わたしがそういうと先輩の目がシュッと開いた。
すごく驚いている。あの柳先輩が。
わたしも突然先輩の目が開くからびっくりしたけど。
「でも、まだ言えません」
「言えない?何故だ?」
「もうすぐ、全国大会です。先輩にとって中学最後の全国大会です」
「ああ、そうだな」
「だから…先輩にはいまテニスを頑張って欲しいんです」
柳先輩の目が静かに閉じられて、一瞬だけ沈黙が流れた。
わたしに告白したときに言っていた「まだ言うつもりではなかった」っていうのは、テニスのことがあるからだと思う。
大事な大会前だから。
「あと…真田先輩にわたしと帰って怒られてたって…」
「赤也か…それは気にしなくていい。その場で弦一郎にも
は関係ないとはっきり言った」
「でも…」
やっぱり、実際話すと言葉が詰まる。
うまく言えない。
どうしよう。
って、言葉を探していると柳先輩がふっと笑った。
「
が言いたいことは概ね理解した。返事は8月23日までお預けか」
「8月23日…」
「全国大会の決勝戦だ」
そう言われて柳先輩を見ると優しく笑ってくれた。
すごい。
ちゃんと、わかってくれた。
頷いてわたしもつられて少し笑った。
「23日まで返事をしてくれないのはわかったが…」
って、言って立ち上がってわたしのベッドに腰を掛けた柳先輩。
突然近くなった先輩の顔に驚いたけど、逃げられない、不思議な空気。
そっとわたしの左頬に柳先輩の手が伸びてきて、冷たい手が頬に触れた。
「俺はその返事を期待して待っていてもいいのだろうか?」
少し悪戯っぽくそう言った柳先輩を初めてずるいと思った。
こんなの……。
「…はい」
返事をしたのと変わらない。
「それが聞ければ十分だ」
お預けだなんてとんだ嘘
「
ママー紅茶冷めちゃうね」
「そうね、あとで淹れなおすとしてお先に頂いちゃいましょうか」
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