「きょうやさまー…。」

「何、また転んだの?百合はすぐ転ぶね」




そういって泣きそうな私の頭を撫でて、おぶってくれる。


幼い頃の記憶。



私とあの人を繋ぐ唯一のもの。




「きょうやさまは、わたしのおよめになるのですか?」

「違うよ。お嫁になるのは君。」




あの人とは許嫁だった。

私がたった3歳のときに決まった婚約。




「きょうやさまはすごくきれいでびじんです!!」

「それ、褒めてるの?褒めてるように聞こえないんだけど…。」




大好きだった。

ずっと、ずっとあの人だけを思っていた。


たった数回…。

幼い頃のたった数回しかあの人に会った事はなかった。


それでも、気持ちが途切れることはなかった…。





そんな気持にもさようならを告げるときが来た。






さようなら







私の初めての恋心







貴方を思えて





幸せでした
















西洋な建物が立ち並び、人の行き来が頻繁な賑やかな街並み。



まわりの人とは明らかに髪色の違う純黒な艶やかな長い髪。

顔立ちは綺麗に整っており、思わず触れたくなるような白い雪肌。

国境を越えても尚、すれ違った人が振り返る程の少し幼げが抜け切れていない美女。


清楚で大人しそうな彼女は手に持っている紙とにらめっこしながらキャリーバッグを引きながら歩いていた。

途端に止まって顔をあげ、キョロキョロと辺りを見回してから首を傾げてまた紙を見る。

先ほどからその繰り返しだ。



そう、彼女は完全に道に迷っていた。



知らない土地に一人きり。

右も左も分からない状況下に彼女は居た。




ドンッ





「Sii accurato!(気をつけろ!)」

「Io sono spiacente(すみません)」




人が多い為、しばしばぶつかることもあった。


それでも、ずっと何処かをウロウロと彷徨っていた。






一目でも"あの人"に会う為に―――






手に持っている紙とまわりの建物しか彼女の目には入っていないのだ。




フワッ



と、前髪が上に浮くような風が前から来たと思ったら突然暗くなる前方。

それは一瞬のことで彼女には何が起きたのか一瞬理解出来なかった。




ドンッ―――――




そんな鈍い音と同時に後方に飛ばされ、腰やら背中やらに走る痛み。

驚いた人々が周辺からよけて居なくなる。




「どこ見て歩いてんだよ!、!!ッチ……逃がしたか」




なにやら走っていた人とぶつかってしまったようだ。

怒鳴られて反射的に「すみません!」と日本語で謝った自分に首を傾げた。


日本語―――?


彼女が顔をあげるとそこには銀髪のスーツを着た男の人が立っていた。


(綺麗………)


思わず見とれてじーっと見てしまった。

しかし、反対側の男の人も彼女を見つめていた。


初対面なのに見つめ合っている異様な光景。


先に口を開いたのは彼女のほうだった。




「あの………?」

「っな!」




彼女に声をかけられると男の人は赤面してハッと何かに気がついたようにこちらへ駆け寄る。


スッと手を差し出され、先ほどの怒鳴っていた態度が嘘みたいな申し訳ないという顔だった。

彼女は柔らかく笑って彼の手を掴む。


すると彼は腕を引き、彼女を起こしてくれた。




「Grazie(ありがとうございます)」

「…………日本人、か?」




彼の問いかけに彼女も反応して安心したように笑った。




「あ、日本の方だったのですか。さっき日本語が聞こえたような気がしたので、あれ?って思っていたのですけど…」

「……そんな所だ」




彼女が微笑むと彼はさらに顔を赤くして目を逸らすだけだった。

そして、不器用ながらに言葉を繋げてぎこちなく会話が進む。




「あー…、その、わ、悪かった。」

「え?」

「ぶつかって…、スゲー吹っ飛んだし。それに怒鳴ったりして…」

「い、いえっ。私も紙ばかり見ていて前なんて見てなかったので……すいません」




そう言って持っていた紙をヒラヒラさせる。




「旅行か?……1人で?」

「い、いえ…。ちょっと人に会いに…。あ!ここの住所の所に行きたいのですが迷ってしまって……」




どこかわかりますか?

そう言われて紙を受け取って書いてある住所を見て目を見開く男の人。

そして、彼女の方を見る。




「人に会いに来たって言ったよな?誰に会いに来た。関係者か?」

「え……?わか、るんですか?そこが、どういう場所か」

「その様子じゃ、あんたも知ってるんだろ?……何が狙いだ」




突然表情が変わり、怖い顔になる男に戸惑いを隠せない彼女だった。

この人も"そこ"の関係者なのだろうか?




「ね、狙いって…」

「誰かの身内か?」




そう言われて顔が強張る。

どう答えていいか分からないという困った顔をしている彼女にどうやらお手上げだったらしい。




「敵じゃ…無さそうだな。」




その言葉に彼女の表情がパッと晴れる。

ほっと安心した表情を見せる彼女に思わず男も一緒に和みそうになった。




「それで…?ここに行きたいんだろ?"本部"へ」

「はい」

「俺はボンゴレファミリー、獄寺隼人だ。」

「私は……神山百合という者です。」




その名前を聞くと獄寺はピクリと反応する。




「神山百合?神山ってあの神山財閥の…?」

「はい」

「一人娘の…百合?」

「はい。よくご存じですね」




獄寺は思わず息が詰まりそうになった。

日本…いや、世界的に名をとどろかせている神山財閥の一人娘がどうしてボンゴレ本部に…?

前から誰かとの繋がりがあるようで力を貸して貰っていた財閥だった筈だが、いつかを境にプッツリと関係が途絶えたと聞いていた。

あくまで噂程度だった故、あまり表だって大々的に言われていたことではないが…。




「そんなお偉いさんの愛娘が1人で何しにきたんだ?」




獄寺の問いかけに、どこか寂しそうな表情で百合はこう言った。







「大好きだった許嫁さんに…さようならを言いに来ました」










これが、2人の出会いだった。











「獄寺さんは歳は御幾つなんですか?」

「20だ」

「わぁ!じゃあ、私の1つ上ですね」




獄寺が彼女の荷物をコロコロゴロゴロいわせながら運んでやっている。

ただ人に会ってさようならを言うだけに来たのならもっと荷物は少なくていい筈だが…。

彼女はいくつか気になる点があった。




「何でこんなに荷物多いんだよ」

「え?あ、やっぱり重いですよねっ!すいません、私が持ちます…!」

「そーじゃねぇ」

「え……?」




荷物を持とうとして手を振り払われた##NAME1##はどうしていいか分からない。




「お前、こっちに滞在する気でいるのか…?」

「…え?」

「サヨナラを言いに来るだけならこんなに荷物いらねーだろ?」



「家出でもしたのか?」




その獄寺の問いかけにとんでもないといわんばかりに首を横に振る。




「その…私、あまり1人で遠出などをあまり許されないので…。」


「今回は、奇跡的にお父様が許してくれたのです。」


「だから…、1人で自由に何処かに行けるのももしかしたら最後かもしれないので……。」



「ちょっと遊んでみたい、と…?」

「はい!」




嬉しそうに返事をした彼女に獄寺は半分呆れ顔だ。

確かに家出ではないが、1人でフラフラ歩くにはこのあたりは物騒すぎた。


1人で歩かせるわけにはいかないが、それを彼女に言ったところで彼女が落ち込むのは目に見えている。

出会って間もないのだが獄寺は何故か百合の悲しそうな顔は苦手だった。




「この辺りは物騒だ。1人で歩くのはやめとけ。何なら会いに来た奴を最後の最後に連れまわせ。許嫁だったんだろ?」





百合は少し驚いたような表情をした後に笑った。




「あはは…。そうですね、それは楽しそうです。」




彼女の少し抵抗があるというような、それでも嬉しそうな顔を見て獄寺は何とも言えない感情に支配された。

その許嫁とは、彼女がそこまでして会いに来た許嫁とはどういう人物なのか気になった。




「幸せ者だな…」

「?」

「それだけ思って貰ってた許嫁は幸せ者だな……」




気が付けば自分でも驚くような事を口走っていた。

百合は目を丸くして獄寺を見たが、前に向き直る。




「私が3歳の頃に婚約していたのに、それを今更破談にするような人なんですよ?」

「………。」




最低ですよね。

そう呟いた彼女の寂しそうな顔に思わず慰めの手が出てきそうになる。

それに気が付いた自身がすぐに引っ込めた。

先ほどから自分でも想像もしていない行動ばかりで獄寺は焦っていた。




「だから、最後なんです。帰ったらお見合い生活の幕開けなので……。」




成程。

納得させられる一言だった。


そして同時に彼女に共感できた。

父親や姉、十代目に勧められる見合い話の数々をことごとく蹴ってきた獄寺にとって嫌気がさすものばかりだった。

中々帰りたくない彼女の気持ちも分かる。


しかし、百合となんの関係もない獄寺はただ彼女に同情することしか出来なかった。


もしも彼女が婚約者だったらいいのに―――




心の中で一瞬でもそんな考えが浮かんだら獄寺はまた赤面しはじめる。

そんな獄寺を心配する百合。



彼女の存在が気になってしょうがなかった。













「初めまして。ボンゴレ…10代目?」

「初めまして。……にしても、獄寺君が百合ちゃんを連れてくるなんてねー」




ボンゴレ本部に案内してもらった百合は早速ボンゴレ10代目ボスである沢田綱吉に挨拶をすませる。

周りでは獄寺がそれはそれは可愛い女を連れてきた!

と、百合が誰なのかと大騒ぎしているがツナはそれはもう目をまん丸にして驚いたが嬉しそうだった。




「な、なんですか!十代目ッ!!俺はそんなんじゃ、」

「いいって、いいって。それより獄寺君。百合ちゃんを案内してあげて?」

「は、はい!お任せくださいっ十代目ーー!!」




ツナは仕事があるらしくそのまま行ってしまった。

獄寺はツナが居なくなるとくるりと百合に振り返った。




「ほら、ついて来いよ。」




獄寺が面倒臭そうに百合を呼ぶ。

百合は楽しそうに獄寺の後をくっついて歩いて行った。




アジトの中を歩き回りながら獄寺がふと話をふる。






「で…?誰なんだよ。お前の元許嫁ってのは」






百合は足を止めて獄寺を見た。

そして、ゆっくりと口が開く。





「雲雀……」



「あーーー!!恭弥さん発見デスー!」





百合がポツリと口にしだした頃、すぐ近くの廊下の曲がり角から元気な声が響き渡った。

獄寺は心中あの野郎と今にも一発殴ってやりたかったが、話の途中だ。

しかも、彼女が口にした人物……。


嫌な予感がよぎった。




「どうしたのですか?向こうから大きい声が……」

「………一応紹介しておくか」




獄寺は正直気が進まなかったが、一応関係者。一応。

そう言い聞かせて声がする方へ足を運んだ。



「ッ!!!!!!」




廊下の角を曲がると二人は固まって動けなかった。



まるでドラマのワンシーンを見ているかのようなキスシーンに出くわしてしまった。


彼に抱きついて少し背伸びをして唇を重ねる彼女はとても絵になるものだった。



獄寺はカーッと己の体温が急上昇しているのが分かるほどに動揺を隠せない。

ふと、隣の百合を見やると百合は目を見開いて2人を凝視していた。




「あ、あー、こ、これはだな…ま、まぁこの2人は婚約者で……」




獄寺が必死にこの状況を説明しようとしているがうまい言葉が中々出てこなくて混乱状態に陥っている時…。

隣の彼女は瞳を揺らしながらその声で名前を呼んだ。




「きょ、や…さま?」




獄寺はその瞬間自分の中にあった嫌な予感が的中したと、もう何が何だか分からなくなっていた。

彼女も驚いて戸惑いを隠せないのか、言葉が途切れ途切れだった。


自分の名前を呼ばれた彼は百合を見てこちらも酷く驚いている。




「百合……?」





名前を、呼ばれた。

彼女の鼓動はドクンと跳ね上がり、制御がきかない。

返事をしなかった彼女に対して近づいてくる彼。



「君、百合?…百合なの?」




愛しい、愛しい。

胸をグチャグチャに壊されたような感覚だった。

好きで、好きでたまらない。


ずっと、ずっと思っていた人が自分の前に立って名前を呼んでくれている。

でも、貴方の隣には私ではない"誰か"

唇を重ねて……。

自分がどれほど夢を見たか、憧れたかわからない光景が自分の目の前にあったのだ。


今にも涙が溢れそうだった。




「お、ひさしぶり…ですね。恭弥様。」

「…百合!」




雲雀が百合の名前を呼んだときだった。

まるで、彼を取られないようにするかのように雲雀の腕にギュっと抱きついた女性が居た。




「恭弥さんはハルの婚約者なんです」




勝ち誇ったかのように言われた言葉。

敵とみなされたのか、自然と彼女の視線が怖かった。




「ただの政略結婚だよ」




その言葉に内心凄く嬉しかった。

しかし、顔には出せなかった。

目の前には、私とは別の"婚約者"





「あ、あの!貴方誰ですか?恭弥さんの何なんですか…?」




邪魔だと言われているように言葉が突き刺さる。

口にしたくなかった。

あの言葉を口にしてしまったら完全に私の負けになってしまうから。

認めたくなかった。

こんな現実、受け止めたくもなかった……。




「わ、たしは神山百合という者で…恭弥様の元許嫁です」

「ッ!?百合?元って………?」




もう、この言葉を口にしてしまった私は完全に負けだ。

さようなら…。


さようなら……。



私の愛しい愛しい恋心





「恭弥様に、さようならを言いに来たのです。」




「ご婚約、おめでとうございます。」




「さようなら……。大好き、でした」




そう言って彼女は笑った。


そして、呆気にとられている獄寺の手をギュっと握った。

彼女の顔を見た獄寺は何かを悟ってすぐさま百合をその場から離すように腕を引いて歩きだした。



少し離れた誰も居ない空き部屋に百合を連れてくると、彼女はその場に崩れ落ちた。

獄寺が目線を合わせるように膝をつくと、彼女と目があった。


その瞬間、彼女は獄寺の胸の中に飛び込み声をあげて泣き出した。

獄寺はやれやれと彼女の背中をさすって落ち着かせながら苦い笑みをこぼした。







「…ったく、強がり過ぎなんだよ」




バーカ


そういいながらも、彼女を見捨てるような事はしなかった。














「ツナさん!!どういうことですかッ?」

「ま、まぁハル落ち着いてっ」

「あの子、恭弥さんの元許嫁って…!ツナさぁあああんっ」




その後、ハルがツナの所へ押しかけたのは言うまでもなかった。

獄寺も百合を多少落ち着かせてから自室に1人置いてツナの所へ向かった。


獄寺、ハルがそろって困ったような顔をするツナ。



「ま、まぁ…とりあえず、落ち着こう?」

「落ち着いてなんかいられません!さようならを言いに来たって絶対嘘です!恭弥さんが…取られちゃいます」

「あることないことほざいてんじゃねぇぞクソ女」

「ちょ、獄寺君!!」




ツナが必死に2人を落ち着かせる。

咳払いをして2人を交互に見てから口を開いた。




「ハル…。百合ちゃんは確かに雲雀さんの元婚約者だよ。」

「ツナさん…!」

「でも、百合ちゃんが雲雀さんとまたどうにかなっちゃうことは多分無いと思うよ。」

「な、何でそう言い切れるんですか!そんな保証、どこにも……」




ツナが獄寺の方を見ながら真剣な顔で告げた。




「百合ちゃんは―――――」

「「!!!!!」」


































獄寺の部屋で1人呆けていると、ふいに携帯が震え始めた。

着信は……父からだった。


出ないと怒られる。

彼女は乗り気じゃなかったが、通話ボタンを押した。




父親の口からとんでもない事を告げられた。






「お前の婚約者が決まった。ボンゴレファミリー嵐の守護者」






「獄寺隼人君だ」








「聞くところによると、もうそちらに着いているようじゃないか」









「しばらくそちらに滞在しなさい。」









「2人には、家を用意するから……」











「同居してもらうことになった」












嘘…………。
























嘘だろ………?













「百合ちゃんは、獄寺君の婚約者だ」












あいつが、俺の………






婚約者――――?












戸惑いながらも私たちの前に開かれた扉は






未来へのヒカリ





例え、それが闇だったとしても私たちは進まなければならなかった。









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